ミャンマーが人的支援受け入れ
2008/05/25 Sun [Edit]
軍政、外国支援受け入れ表明=サイクロン支援で国際会議−ミャンマー
【バンコク25日時事】ミャンマーの最大都市ヤンゴンで25日、国連と東南アジア諸国連合(ASEAN)が共催するサイクロン災害の支援国会合が開かれた。ミャンマー軍事政権は災害復興と再建に向け、外国組織を受け入れる考えを表明。日本政府は復興支援への協力を申し出た。ミャンマーで大規模な国際会議が開かれたのは初めて。
会合には国連の潘基文事務総長のほか、72の国・地域機関の代表、各国の駐ミャンマー大使ら合わせて約370人が出席した。
ミャンマーのテイン・セイン首相は会合の冒頭、「政府は(災害の)復興と再建に関心がある組織を受け入れる用意がある。善意に基づくものであれば、いかなる支援も援助物資も歓迎する」と述べ、積極的に外国支援を受け入れる考えを示した。
日本政府代表として出席した宇野治外務政務官は、これまでに日本がミャンマーに送った救援物資や国際緊急援助隊員の派遣など災害支援の内容を説明。「日本政府は人道的立場から、災害予防と再建に向けた行動を検討する用意がある」と述べ、軍政側に日本の調査団の受け入れを促した。
頑固だったミャンマー軍政側も、世界大酋長のネズミ男にしてノムたんの腰巾着であるぱんぎむんに頭を下げられてやっと支援を受け入れました。あれだけの被害を出しておきながら今更何なんだと思いますが、これがスーチー女史の政権でも余り変わらなかったんじゃあないでしょうか。
私は軍政側は余り好きではありません。ただ、大東亜共栄圏の理念が生きていたころ、南に進出した皇軍が設立した、ミャンマー独立を援助するための義勇軍が軍政の源流となっておりますから、なんとなく(本当に何となくですが・・・)親近感を覚えるのは確かです。
日本のマスゴミどもはスーチー女史を徹底的に持ち上げ、軍政をぼろ糞に言っておりますが、スーチー女史というのは嘗てインド帝国としてミャンマーを支配していたイギリスの手先であり、と同時に、その手先であった山岳少数民族と華僑の手先という、二重の手先なのでありまして、英雄と語られる父アウンサン将軍も余り立派ではないというのが現状です。(詳細→酒たまねぎや「ミャンマー(ビルマ)」)
この軍政に中共が食い込んでるのも確かなんですが・・・。そんなに批判されるべき国なのかいな?
今日は家でぐたぐた。どこも外出せず。
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